二番勝負『熊本県人吉市 合資会社寿福酒造場 球磨焼酎 武者返し25度』
二番勝負の相手は、熊本県人吉市から来た「球磨焼酎武者返し25度」だ。
寿福酒造場のある熊本県人吉市は、熊本県南部に位置し鹿児島県との県境にある人吉盆地の中にある。人吉球磨地域は昨年(2020年7月)令和2年7月豪雨と名付けられた集中豪雨で街の中央を流れる球磨川が氾濫し、死者20人、住宅被害4,681棟という大被害を受けた地域である。寿福酒造場もあわやというところまで水が来たが何とか蔵は助かった。
しかし、代表の吉松絹子さんの自宅は床上浸水で大きな被害を受けたという。
それでも、焼酎を待ってくれている人達のために、自宅の後片付けをそこそこに蔵に入って焼酎の瓶詰を急いだという。
そんな勝気な絹子さんが造る代表銘柄「球磨焼酎 武者返し25度」が今日のお相手だ。
ラベルには「武者返し」と大きく書かれ、脇には「球磨焼酎」、上には斜めに常圧蒸留25度と貼ってある。一つ一つに大きな意味がある。さっと読み流してしまうと後悔することになる。
寿福酒造場
剣道家としては、まず「武者返し」という言葉に惹かれる。
「日本100名城」の一つに数えられる人吉城の石垣は最上部を一段外方に張り出す珍しい武者返(むしゃがえ)しの手法をとっており、酒名はこれに因んで名づけられている。
武者返しの石垣は忍者でも登れないという、これは心して掛からねばならない。
寿福酒造場のある街の人吉城、相良藩、青井神社等に触れると本題から反れるので、それらは別の機会に話すことにする。
次に「球磨焼酎」、球磨焼酎は1995年(平成7年)世界貿易機関(WTO)の協定の基づき人吉球磨地域で造られる米焼酎が正式に「球磨焼酎」として国税庁の「地理的表示の産地指定」を受け、世界的に「球磨焼酎」ブランドが保護されることになったのだ。
これは、ウィスキーのスコッチ、ブランデーのコニャック、ワインのボルドーなどのように、球磨焼酎の品質と造られる地域とが深く結びついていると認められたことを意味する。
また、球磨という地名を冠にできる焼酎には下記の4つの約束事があるという。
- 焼酎の原料には国産米のみを使用していること
- 人吉球磨の水で醪を仕込んでいること
- 人吉球磨で蒸留を行っていること
- 人吉球磨で瓶詰を行っていること
これは、球磨という地域を誇りに思っている証拠だ。この地域は剣豪丸目蔵人佐(まるめくらんどのすけ)縁の地だ。どんな技を出してくるか楽しみだ。
最後に常圧蒸留のラベルがある。
蒸留についても話が長くなるので、ここでは常圧と減圧の蒸留方法と特徴だけを記す。
ラベルに堂々と常圧蒸留と書いてある。昔ながらの常圧蒸留とは大気圧(100℃で水が沸騰)で蒸留することで醪が高温で沸騰し、沸点の高い成分や加熱により化学変化してできた成分などが留出して独特な香と濃醇な味わいになる。
それに比べ減圧蒸留は蒸留器を密閉し真空ポンプで中の空気を引き出し、気圧を下げることで沸点を下げて蒸留する。これにより過熱による化学変化が起きず、醪に含まれる香りや味の成分をそのまま取り出し爽やかな香りと軽快な味わいになる。
今では飲みやすい減圧蒸留が主流になってきているが、寿福酒造場は頑なに常圧蒸留に拘っている。
また、ラベルの裏には次のような文言がある。
「創業明治23年の家族経営の小さな小さな蔵ですが、心を込めて造っています。
全てが手作業なので、少量仕込みで手間を惜しまず丁寧に造ります。そして蒸留後、じっくり寝かせて熟成させます。
原料の米は、地元産にこだわっております。これだけは妥協できません。
米ならではのなめらかな口当たりと甘み、飲みごたえのある深い味わいをお楽しみください。」
これは、絹子さんが書いたのだろう。
地元へのこだわり、手作業へのこだわりが強く出ている。地元産のお米については、念を押すようにこれだけは妥協できませんと書いてある。
この焼酎もただものではないな。面白い勝負が出来そうだ。
裏のラベルには、もう一つ重要な事が書いてある。
おすすめの飲み方だ。「お湯割り」とある。
さて、剣道には「守破離」(しゅはり)という言葉がある。
修行の段階を示したものだ。「守」は、自分が修行している流派や師の教えを忠実に守り、その流派の免許皆伝になる段階。「破」は、他の師や流派の良いところを取り入れ、心を磨き、技を練り発展させる段階。「離」は、自分が修行した流派から離れ、独自の流派を生み出して確立させる段階である。
焼酎界のゴッドマザーと呼ばれることもある絹子さん、球磨焼酎の寿福流に敬意を表して先ずは「守」であるお湯割りからだ。
お湯割りの基本は、70℃前後のお湯を50℃前後にいったん冷ましてから焼酎を注ぐ、それもグラスに沿うようにゆっくりと注ぐのだ。お湯を冷ますのにグラスを2つ用意すると良い。移し替えて冷ますのだ。70℃以上のお湯に一気に焼酎を注ぐとせっかくの風味が損なわれるだけでなく、アルコールが揮発するからだ。
また、お湯を先に入れてから焼酎を注ぐ、お湯を先に入れるとグラス内で自然対流が起こるので味がまろやかになる。
お湯との比率はお好みだが、私は五分五分が好みである。
口に近づけるとお米独特のほのかな甘みが漂う。
静かに口に含むと、手作りの現場を見ているせいか舌に重みを感じる。ググっと押されるようだ。角のないまろやかな重みだ。
ふくよかな米の風味が口いっぱいに広がるのがいい。
おすすめの飲み方というだけの事はある。
よし、次は守破離の「破」だ。おすすめの飲み方を破ってみよう。
私が好きな飲み方はロックである。
グラスに氷を入れてその上から静かに「武者返し」を注ぐ。ロックが好きなのは、飲んでいるうちに氷が溶けて味に変化が生まれてくるのがいい。
そしてまた氷を入れて焼酎を注ぐその繰り返しでいろいろな味を楽しめる。
本当は天然の氷が良いのだが、今宵の勝負は水道水の氷で止むを得まい。
お湯割りとはまた違うぞ。口の中で甘味が増してくる。冷やすと甘みが増すのだろうか?
口の中で転がして楽しむ。転がした後に噛んでみる。旨味がにじみ出てくるようだ。
そして、常圧ならではの濃厚なコクとキレ、うん、私にはロックの方が合いそうだ。「破」は成功だ。
ここで一気に「離」へと欲張った。武者返しの飲み方で自分の流派を築いていくぞ。一派を築くにはそれなりの工夫が必要だ。
ここでちょっと遊び心が出てきた。丁度娘が桃を食べていたのでロックの中に桃をひとかけら入れてみた。フルーティーな爽やかな桃の香りがする飲み口になる。一口目はそれなりにうまい。しかし、すぐに飽きる。
うーんこれではダメだ。飽きの来ない誰が飲んでも新しい流派だと納得がいかなければ。
やはり飲み方ひとつにも奥が深い。
陰流を学び念流、香取神道流などを研究して陰流から離れ「新陰流」を打立てた上泉信綱には足元にも及ばない。
隙があると思い面を打っていったところ、見事に返し胴をきぬ子さんに打たれた心境だ。
おすすめのお湯割りをもう少し修行してから出直そう。
きぬ子さんの豪快な笑い声が聞こえてくる。
今日の一本勝負はここまでである。
剣道家プロフィール
- 剣道教士七段(剣道歴63年)
- 球磨焼酎案内人(NO1619)
- 東京・芝「ものがたり酒店」店主
日本酒・焼酎という和酒に特化して剣道家の視点から和酒との一本勝負を日夜続けている。
1本の酒瓶からお酒の故郷、お酒の生い立ち、親御(蔵元)さんの事までを見抜く力を養い、「剣酒一如」を追求し、奥深く和酒に親しむ道を広めている。