『火入れ』
日本独特の酒造りの工程で、特に注目すべきは『火入れ』という殺菌法である。
日本の夏場は、高温多湿であり、発酵がすすみすぎるため、酒を造り・酒を熟すということには適さない。
同じ日本列島にありながらも、特に南九州や沖縄で清酒造りが定着せず、蒸留酒の焼酎や泡盛が発達したのも、その気候のせいである。
本州にあっても古くから酒造りは、冬場に行うのが常であった。
そして、少しでも保存期間を長く安定させるためのしかるべき方法が講じられてきたのである。
その一つが『火入れ』であった。
明治の初期に、初めて日本酒の製法を世界に紹介したドイツの学者O・コルシェットやイギリスのR・アトキンソンなどが、口をそろえて驚嘆したのが『火入れ』であったという。
それは、ちょうどパスツールが葡萄酒における「パスツーリゼーション」、すなわち今日でいう低温殺菌法をフランスで発表して、世界中を驚かせて間もないころであったため、ショックが大きかったらしい。
『火入れ』は、いまのところもっとも古い記録とされているのが、室町末期から安土桃山時代の永禄・元亀・天正年間(1558〜1592)に奈良、興福寺の僧英俊を中心に書かれた『多聞院日記』である。
旧暦の三月に仕込んで五月の初めにできた酒を、五月二十日に「酒を煮させ了(おわ)る、初度なり」とある。
少なくともパスツーリゼーションの発見より300年も前から、日本では(低温殺菌法である)『火入れ』が行われていたことになる。
神崎宣武著「酒の日本文化」より引用させていただきました。